2007年12月3日月曜日

いのち

☆これは、11月16日(金)発行されたものです。





お元気ですか?
寒さの中、主のいのちのみ言葉に暖められて、
情熱をもって主のいのちに生きて参りましょう。


ゲラルの地に逃れたイサクが先ずしたことは、
天幕を張り、井戸を掘ることだった。
「水」が、彼らの緊急かつ最大の必要だったからだ。
そこに彼らの存亡、いのちのすべてがかかっていた。
イサクは父アブラハムの掘った井戸、
今は塞がれていた井戸を懸命に掘り起こした。
そして、水を得た。

・・・・・いのちを得た。

教会のなすべき第一のこと、
それは・・・・いのちを得ること。
渇いた教会が掘り起こしてきたあの井戸を、再び掘り起こすこと。
今は塞がれているいのちの井戸をひたすら掘り起こすこと。
そして、いのちの水を得て、ほんとうのいのちを生きること。

これ以外に大切なことは他に何もない。

自らいのちに生きるものだけが、他をいのちへと導くことができる。

「現代の教会の問題は何かというと、  
教会は今いのちを緊急に必要としているのに、  
それを悟っていないことである。  
われわれが直面している問題は、  
方法や組織の問題ではない。  
物事を少し改善したり、  
最新式にしたりすることではない。  
いのちという根源的な問題と向き合うことだ。  
今日の社会の問題は表面的ではない。  
根本的な問題だ。  

わらわれの直面している問題は、  
いのちそのものの必要性だ。  
根本的な力の必要性、  
教会活動での根本的な力と活力の必要性なのだ。    

いのちが、力が、聖霊そのものが必要なのだ。」
                          D・M・ロイドジョンズ



                         SDA西日本教区長 島田真澄

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