2008年3月31日月曜日

伝道推進改革案

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天の書に記されている品性の特徴



神の律法は、
外見上の行為と同様、
感情と動機にまで及ぶ。

それは、以前、
暗闇に埋められたものに光を投げ、心の秘密を明かす。

神はすべての考え、すべての目的、
すべての計画、すべての動機を知っておられる。

天の書は、機会があれば犯したであろう罪までも記録する。

神はあらゆる秘密の事柄と一緒に、
すべての行為を裁かれる。

律法により、神はすべての人の品性を吟味なさる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

神は人に、
彼の生涯を損なう欠陥を明らかにし、
悔い改めて罪から立ち返るように訴えられる。

               Signs of the Times 1901年7月31日

2008年3月30日日曜日

偶然と努力


借り物の帽子は
自分の頭には合わないものだ。
ぴったりしていないから
すぐ風に飛ばされる。

偶然とは
借り物の帽子のようなものだ。
偶然手に入ったものは
簡単に消えてなくなる。

力一杯しめた鉢巻きは
簡単にほどけない。
飛んだりはねたりしたって
ほどけることはない。

努力とは
力一杯しめた鉢巻きみたいなものだ。
努力して手に入れたものは
簡単には消えてなくならない。

2008年3月29日土曜日

ただで受ける

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説教


大阪の桜は3分咲きと言ったところでしょうか・・・
素敵な季節の到来です。

引っ越しされた先生方、お疲れさまです。
早速の安息日のご奉仕ですが、祝福をお祈りいたします。

「兄弟たち、わたしもそちらに行ったとき、
神の秘められた計画を宣べ伝えるのに優れた言葉や知恵を用いませんでした。
なぜなら、わたしはあなたがたの間で、
イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、
何も知るまいと心に決めていたからです。
そちらに行ったとき、わたしは衰弱していて、
恐れに取りつかれ、ひどく不安でし た。
わたしの言葉もわたしの宣教も、 知恵にあふれた言葉によらず、
“霊”と力の証明によるものでした。
それは、あなたがたが人の知恵によってではなく、
神の力によって信じるようになるためでした。」   Ⅰコリント2:1~5

リバイバルを求める説教者は、
説教の原稿ができあがったからと言ってそこで安心はしない。
原稿はあるし、経験もある、もう大丈夫・・・しかし、それはまだ説教ではない。

原稿の内容は面白く、いくらかの知的刺激と有益性はあるかも知れないが、
しかし、それはまだ説教ではない。
説教とは、御霊と御力の証明にあるのだ。
それがどんなに完全に準備されたものであっても、
聖霊の力が説教者に臨まない限り、それは無駄であり無益な話となる。
だから説教者は聖霊の力を求めて祈らねばならない。

説教者ばかりではない。
会衆もまたそれを祈り求めなければならない。
神の霊が説教者に臨むように、説教者と説教とが用いられるようにと。

そうでなければ、会衆は説教者と説教だけに目を向けてしまう。
共に、神を見上げ、
神のみが与えることのできる力への絶対的信頼の姿勢を実現しなければならない。

リバイバルの時はいつも、
神の力が現れる時はいつも人に祈るように促す必要はない。

彼らは言われなくとも祈る。
神の力をもっと見たいがためにもっと祈る。
その時を待ちつつ祈りたい。
神の御霊が私たちと共にいて下さること、
御力を持って私たち祝福したいとその時を待っておられること、
この事実を私たちが深く知ることができるよう祈りたい。


明日の安息日、各教会の礼拝の説教の上に聖霊の力が臨みますように。
そして、会衆が祈りのうちに神の御力に触れることができますように。

ハッピー・サバス!!

                                   SDA西日本教区
                                   教区長:島田真澄

2008年3月28日金曜日

祈りの力


◆神にして人であるイエスが
地上の働きのためにこれほど祈られたとすれば、
罪深い私たちはよい弟子となるために
どれだけ祈らねばなりませんか。

あなたは自分の祈りの生活に
どれほど満足していますか。

あなたは何について祈っていますか。

どれだけの時間、祈っていますか。

あなたの祈りの生活はどんな点で改善を必要としていますか。

2008年3月27日木曜日


幸せの風
愛の風

人は風を捕まえようと
あちこち走り回る。

けれども風は
ずっと速くて
追っても追っても
逃げてしまう。

無心に背を向けていれば
自ずと風は
胸に飛び込んでくるのに
人は風を追いかけてばかりだ。

2008年3月26日水曜日

光は自分の内にない


イエス・キリストを受け入れる人たちから輝く光は、
自分の内から出たものではない。

それはすべて
世の光と生命の源であるお方から出ていたものである。

すべての者が神の務めをする事に用いなければならない火を
燃やしていただくように、彼がこの光を輝かして下さる。

キリストはすべて信じる者の光、命、聖潔、聖化であり、
キリストの光が、あらゆる良い業となって分け与えられるのである。

彼の恵みは、実に様々な方法で地の塩として働き、
家庭であれ地域であれ、この塩が入り込むところではどこでも、
良いものすべてを救い、悪いものをすべて滅ぼす力となる。

                   Review and Herald 1899年 8月22日

2008年3月25日火曜日

言葉だけでわかり合うには限界がある


生まれつき人の気持ちに敏感な人と鈍感な人がいます。

敏感な人は、子どものときから、「符号化」と「符号解読」の
すぐれたスキルを身につけていると考えられるそうです。

符号化とは、感情や気持ちをしぐさや表情、視線などの
「非言語コミュニケーション」によって表すことです。

また符号解読とは、符号化されたものを正しく理解すること。

たとえば、「好き」という気持ちを伝えるには、
「相手に近づく、視線を合わせる、微笑む、体をはずませる」
といった行動を駆使して符号化します。

その相手が正確に符号解読できたとき、
お互いの気持ちが理解し合えたことになるのですね。

誰かとギクシャクすると、「話し合えば解決できる」と考えがちです。
しかし、言葉は情報交換には力を発揮しますが、
感情理解のために役立てるには限界があります。

そんなときには特に、符号化と符号解読が重要であることを
覚えておきたいと思います。

このスキルは、さまざまな人間関係を通しても
身につけることができます。

特に、ネガティブな人間関係の中で育つようです。

たとえば誰かに批判された場合、自分の気持ちを整理したり、
第三者に相談したりして、相手との関係を改善する方法を
模索します。

このプロセスの中でスキルが育つ・・・・と、
古いノート(ネタ帳?)に書いていました。(=^▽^=)

2008年3月24日月曜日

知ることのできる神の御心



【コロサイ1:9-11を引用】

これは何と完全な祈りであろうか。

我々が特権として受けることのできる祝福には限りがない。

我々は「神の御心を知る知識で満たされる」ことができる。

もし神が祈りに答えられないとしたら、
聖霊がパウロに霊感を与えて、
兄弟たちのために祈るように導かれることは
決してなかったであろう。

それゆえに我々は、
神の御心は、
神の民が一層はっきり知る必要がある時に
示されるということが分かる

                         Letter 179. 1902年。

2008年3月23日日曜日

器と流れ


器の大きさを見て
水を注ぐように

人を見て
仕事を頼もう。

川の流れを読んでから
飛び込むように

世の中の流れを読んでから
仕事をしよう。

2008年3月21日金曜日

神の住まい


お元気ですか?
桜の季節が近づいて来ました。
明日が現在の教会での最後のご奉仕という先生方、
今までの良きご奉仕に感謝いたします。
新しい任地でも、心機一転、ますますご活躍されますように。
継続ご奉仕の先生方も前進、成長の伝道、牧会を
よろしくお願いいたします。


神が働かれるなら
われわれ人間が100年かかっても成し遂げられなかったことが
1日で成し遂げられる
たった1%にも満たないこの国のクリスチャン人口が
10%を超えることも決して夢ではない

リバイバルは、すべての民が「神の力の強いことを知る」ときであり
私たちが「私たちの神、主を畏れる」ときである
そして、「生ける神が私たちと共におられる」ことに気づくときである

神の民は「生ける神が私たちと共におられる」ことを忘れている
神を忘れ、神を疑い、神に信頼しない
神などいないかのように、神に力などないかのように行動する

教会の問題は、まさにこの不信仰の問題である
神が教会と共におられることを忘れているという問題である

教会は「神の住まい」なのだ
私たちはその事実を、知識としては知っている
しかし、実感してはいない、信じてはいない

「神の国は言葉ではなく、力である」

リバイバルはこの事実を明らかにする
リバイバルは神の住まわれる教会にはいのちがあり
力があることを知るときである
神のいのちと力が現れるときがリバイバルの時なのである

そのリバイバルを迎える道は
いまも神のいのちと力を信じて祈り行動すること
教会を「神の住まい」として建てあげていくこと
共におられる神を心から畏れることである


明日の安息日、
あなたの教会にいのちと力の神がご臨在なさいますように。
神への畏れをもって感謝と賛美、礼拝がささげられますように。


                                 SDA西日本教区
                                 教区長:島田真澄 

出来る人、出来た人

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あなたがたのためになる

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2008年3月20日木曜日

時間泥棒


ある日ある町に
こんな貼り紙がはりだされた。

わが町に時間を盗む
時間泥棒が出没しています。

奴らの姓名は「ぐずぐず」と
「もたもた」と
「するかしないか」です。

皆さん、
この輩(やから)の被害にあわぬよう
格別の注意をお願いします。

2008年3月19日水曜日

自己のために生きるのは主のみ名を汚すこと


自己のために生きるクリスチャンは、
贖い主のみ名を汚す。

彼らは主の奉仕において非常に活発なように見えるかもしれないが、
彼らはすべての行いに自己を織り込む。

利己心の種をまいて、彼らはついに堕落を刈り取らなければならない・・・。

自己に仕えるということには、様々な形態がある。
これらのあるものは無害に思われる。

外見上の善により、彼らは本当に善良な人たちのように見える。
しかし、彼らは主に栄光を帰していない。

彼らの仕業により、主の御目的は妨げられる。

キリストは、「わたしの味方でない者は、わたしに反するものであり、
わたしと共に集めない者は、散らすものである」(マタイ12:30)と言われる。

                               Manuscript 2. 1903年

2008年3月18日火曜日

手打ちうどん大会


丸亀から講師をお迎えして、
粉からうどんを打って、 お昼にいただきます。

持ち帰り分(有料)もあります。
子供単独参加は、小学生以上で。

《日時》2008年4月20日(日)午前10時30分~
《場所》今治市郷本町1-2-29SDA今治キリスト教会

電話(Fax兼) 0898225973
牧師携帯 09086922825(張田)

《参加費》大人も子供も、一人50円
《持ち帰り》二人前で100円(うどんのみ)
《持ち物》大人→エプロン、麺棒、包丁
      子供→エプロンマイどんぶり&マイ箸も歓迎です!
《申し込み》申し込み用紙教会にがあります。

電話、Faxでも受け付けます。
また、このblogから お問い合わせいただく場合は、
下側のメール機能を お使いくださいね。

http://yaplog.jp/ten-hashi/

《締切》 4/13(日)

たくさんの方の 参加をお待ちしています。 よろしくお願いします。(^O^)

整えられ燃えている明かり


我々が携えることのできる
最高の信任状は、
互いに愛し合うことである。

すべての争い、
意見の衝突は止めねばならない。

もし魂の内のあかりが整えられ、
燃えていなければ、
神は最も賢く雄弁な人の才能を
お受け入れにならないであろう。

聖別された心と、
聖別された魂の屈服がなければならない。

               Letter 119. 1899年

2008年3月17日月曜日

才能は一握りの者たちに限られていない


すべての人には、
タラント(才能)と呼ばれる個人的な
賜物が託されている。

ある者たちは、これらのタラントを
優れた精神の才能を所有する天才、
すなわちある特定の人たちに制限されているものと見なす。

けれども神は、タラントの贈与を、
特に恵まれたわずかな人たちに限定なさらなかった。

すべての人には、幾分か特別な才能が託されていて、
主はそのことについて、責任を問われるであろう。

時間、理性、手段、力、精神力、優しい心など、
どれも神からの贈り物であって、
人類を祝福するという偉大な働きに用いられるように
託されたものである。

                       Letter 180. 1907年

2008年3月16日日曜日

教会でのもてなしの精神

昨日(3月15日・土)大阪センター教会では、
天沼教会から、高木タカ先生を講師にお迎えして
セミナーが開かれました。

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「聖書に見るもてなしの心」
〝教会でのもてなしの精神を学び、語り合いましょう〟

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

高木先生によるお話ののち、
7グループに分かれて、話し合いの時を持ちました。(参加者:75名)

近隣の教会から参加してくださった方々もご一緒に、
教会に来られた方への応対などについて考えることをはじめ、
たくさんの気づきやお恵みをいただくことができました。

祝福に満ちた集会となり、
恵まれたときを過ごさせていただき感謝でした。


今後の教会生活に
この日の学びを役立たせていただけるように祈ります。

まずは、(ニッコリ)笑顔から・・

2008年3月14日金曜日

四つ葉のクローバー


暖かくなってきました。
お元気でしょうか?
異動の先生方、ご準備が大変だと思いますが、ガンバって下さい。
くれぐれもおカラダは大切に!

今朝は、某メルマガに載っていた中2の女の子の投稿をご紹介します。
ちょっとイイ話だったので、
先日の広島三育中学校の卒業式で、お話しさせていただきました。

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四つ葉のクローバーって『しあわせになれる』ことで有名です☆


普通のクローバーは葉が三枚しかないので
校庭の草むらや 道ばたに四つ葉を見つけるとやったー!!ってなりますよね♪
私はメチャクチャはしゃぎます(笑)
なんかその日はしあわせになれそうな気がするからです☆

そのクローバーができやすい場所は?

お日様がたくさんあたるところ?
それとも養分が多いところ?

いいえ、そんなことではありませーん!

しあわせの四つ葉のクローバーができる場所は

よく人に踏まれる場所だったんです!


葉っぱにキズがつきやすいところにいるクローバーは
「もっと葉っぱを増やしてたくさんお日様を浴びたいっ!」って思って
もう一枚葉っぱが増えるそうです。

これってすごくステキなコトだと思いませんか?

辛い環境にいても向上心を忘れないものだけが
人にしあわせを与えられるみたいです。

わたしもこんなふうに
自分が辛い状況でも
前をむいて
たくさんお日様を浴びたい!って頑張って
いつかは人をしあわせにできればいいな♪って思います!

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置かれたところで、たとえそれがどんなに辛い環境であっても、
向上心を失わない者だけが、他人を幸せにできる!

あしたの安息日、説教のネタも尽きた、相手はいつもと同じ顔ぶれ、
それでも、キリストの光をいっぱい浴びて祝福の言葉を語りたいと思います。
そう決意するとき、私たちもまた幸せの通路となれるのです。

では、良き安息日を!

ハッピー・サバス!!
                                   SDA西日本教区
                                   教区長:島田真澄

怒ることと祈ること


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2008年3月13日木曜日

今日の一枚

富山県高岡市古城公園 昨年4月初め

ニュースの読み比べ



日経、朝日、読売という大手新聞3紙が
ニュースサイト「新s あらたにす」を開設。

読み比べを意識して、
新聞の一面や社会面、社説を
各社横並びで一画面に表示する
レイアウトを採用しています。

http://allatanys.jp/

朝刊は午前7時過ぎに更新で~す。

いろいろ・・便利ですよねぇ。

2008年3月12日水曜日

真の宗教は慈愛の基礎


イエスの清い宗教は、
慈愛、愛、自己犠牲の流れる泉である。
           
クリスチャンは神への奉仕において活躍し、
社会的会合に出席して、
他の人々を力づけるキリストに似た人である。

宗教は行いで成り立っているのではない。
しかし、宗教は行いを生む。

それはまどろむことがない。
               (Letter 7,1883年)

2008年3月11日火曜日

今日の一枚


当然のこと


りんごに種があって
柿にも種があるってことは、
当然のことさ。

りんごの実が白くって
柿の実が赤いってことは、
当然のことさ。

良いことを考えると良いことが実り
悪いことを考えると悪いことが実る。
これも当然のことだね。

苦労にふさわしい収穫が
あるというのも
当然のことさ。

2008年3月10日月曜日

今日の一枚

2007年4月初め撮影(富山市・内山邸)

わたしたちは・・


神が宇宙にとって
光と祝福の中心であられるように、
わたしたちは、
わたしたちの小さな範囲で
そうならなければならない。

わたしたちは、
神の愛の光がわたしたちを照らし、
その輝きを反映するのでなければ、
自分では何も持っていない。

神が神の領域で完全であられるように、
わたしたちは自分の領域で完全な者となることができる。


                      希望への光 1155

2008年3月9日日曜日

早春


私の足もとに何かが顔を出した。
何かと思ったら青い新芽だ。

私の頭上に何かがふり注いでいる。
何かと思ったら黄金色の陽射しだ。

早春には思いもよらなかったことが
たくさん起こるね。

そう、早春には思いもよらなかった希望の泉が
こんこんと湧き出すんだね。

輪読会


昨日、
大阪センター教会では
E・G・ホワイト著「希望への光」
輪読会を始めました。

11人が集い「祝福の山」を一段落ずつ読み、
それぞれ感想などを話しました。

毎月、第二・第四安息日の午後
1時間くらいを予定しています。

愛する方々との輪読会は、
一人で読む時には得ることのできない多くの気付きや、
祝福をいただくことができます。

このお恵みの素晴らしさを
多くの人に体験していただきたいと願い祈っています。

2008年3月8日土曜日

たのしみは

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2008年3月7日金曜日

ノアの息子たち


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2008年3月6日木曜日

今週の教課から



イエスはぶどうの木、
私たちはその枝です。

イエスなしでは、
忠実な弟子になることはもちろんのこと、
何ひとつできません。

繰り返しますが、
主と主の目的のために熱心であることは素晴らしいことですが、
それはイエス・キリストの主導のもとでなす必要があります。
                                 (P71)

◆イエスが与えてくださる約束や希望、賜物、生活の変化、信仰の証を
絶えず心に留めることは、弟子たちと同じ過ちを避けるため、
私たちのどのような助けになりますか。

2008年3月5日水曜日

今日の一枚

手をつなごう !! 西女の輪・・・祈ろう 歌おう 励ましあおう



立山山麓の風景(2月28日撮影)・遠くに見える山は剣

他を思いやる心は、一つひとつつながって愛の輪をつくっていきます

「秒」という字を解剖すると・・


時間の単位には、
不思議なところがあります。

1年は12ヶ月で、1時間は60分。
なのに、1秒以下は0、1秒、0、01秒などと
突如「十進法」になりますよね。

それはさておき、「秒」という漢字の話。

「分」という字はいろいろなところに登場しますが、
「秒」という漢字は、時間にしかつかわない。
ほぼ時間専用の漢字です。

「秒」という字を分解すると、禾と少になります。

禾はもともとかすかな量のことを意味します。

それがなお少ないのだから、「ほんの微細な量」のことになります。

そんなことから、時間の最低単位に使われるようになったんですかねぇ~

2008年3月4日火曜日

自分で自分に触れる〝癒し効果〟


「なくて七癖」といいますが、
多くの人に、髪の毛をさわったりひっぱったり、
頬や耳や手足にさわったりする癖があります。

イギリス生まれの動物学者デズモンド・モリスは、
自分を慰めるために体にさわる行為を自己親密行動と呼んでいます。

精神的に傷ついたときや、ストレスを感じたとき、
誰かに抱きしめてもらったり、手を握ってもらったりすると
安心感が得られるでしょう。

こうしたことを誰かにしてもらえないとき、
自分で自分を慰めようとするのだそうです。

自己親密行動の起源は、
子どものときの〝快体験〟にあります。

子どもは驚いたり、不安になったとき、
あわてて親のところに飛んでいき、
手を握ってもらったり、抱きしめてもらったりすることで安心します。

大人になって強い不安を感じた際にも、
子どものときの快体験を再現しようとするのです。

しかし、他人の面前では、
誰かと触れ合うことはできません。

そこで、自己親密行動として表れる・・というのですが・・

2008年3月3日月曜日

今日の一枚



                                2月28日撮影
イエスさまの希望の言葉は「心を騒がせるな」という言葉で始まっています。
                               ヨハネ14:1~3
     わたしたちのために場所を用意したら、戻って来て、
     あなたがたをわたしのもとに迎える。
わたしたちは安心して落ち着いて今の生活を続けていく必要がありますね。
誰も踏み込まない山の麓には白い雪と雪解け水が
わたしの疲れた心を洗い流してくれるようでした。

緊張下の弟子たち

今週は、何人かの弟子の経験に目を向け、
彼らの失敗から学びます。


「貪欲型」

パウロがテモテ1の6:10で
述べていることには十分な
理由があります。

ユダは金銭を愛するあまり、
ついには自分の魂を失いました。

ナンバーワンになることだけをいつも考えていたのでしょうか。

弟子としての彼の経歴には、初めから終わりまで
自分自身と利得への欲求が織り込まれていました。

もちろん、ほかの弟子たちも
全く利己心がなかったわけではありませんが、
ユダは特に目立っていました。

◆貪欲な動機がキリストの弟子としてのあなたの働きを妨げていませんか。
どうしたらあなたの心から不純な動機を取り除くことができますか。

2008年3月2日日曜日

勇気と幸せ


勇気はマッチのようだ。
幸せは焚き火のようだ。

ある日
運命の嵐が吹きすさんで

幸せの焚き火が
かき消されてしまっても

マッチさえあれば
再び火はおこせる。

2008年3月1日土曜日

安らぎの主

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