2009年9月30日水曜日

個の確立




人間関係は、
連帯感を必要とする一方、
個の確立を必須のものとします。

それは、
自分にしか送れない生活を
自分が送ることへの責任と誇りをもった人の生き方であり、

同時に、
他人にもそれと同じ権利があることを認める生き方です。


                          *美しい人に


2009年9月29日火曜日

主は我らの有用性




主は、我々に、
手段と器との区別をするように望まれる。
[Ⅰコリント 3:5,6を引用]

人間の代理者はただの器であり、
彼の有用性は主のおかげである。

彼は神の力と協力しなければならない。

            Letter 150.1900年

2009年9月28日月曜日

証拠に基づく決心




罪深い不信仰を放棄するよう
人間に強制することは神のご計画ではない。

彼らの前には光と闇、真理と偽りがある。

どちらを受け入れるかは彼らが決めるのである。

人間の心には善と悪を識別する力が与えられている。

神は、人間が衝動からではなく、注意深く聖句と聖句を比較した
証拠の重要性に基づいて決定するように計画された。

          Red emption; or the Miracles of Christ 112,113

2009年9月27日日曜日

今、このこと




ある一つの行為が生み出してゆく
次々の結果に対しての責任は、

やはりその「一つの行為」にある。

だから、
「今、このこと」に自分のベストを尽くし、
愛をこめて生きるのだ。

それは、
一期一会の心で生きることだと言ってもよい。

    
              *心に愛がなければ

2009年9月26日土曜日

第4期 第1課 新しい秩序

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2009年9月25日金曜日

伝道

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みにくいアヒルの子

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不正な取り扱いに対する忍耐



感情をたやすく害してはならない。

わたしたちは自分の気持ちや
名声を守るために生きているのではなく、
人を救うために生きなければならない。

人を救うことに熱心になれば、
相互の間によく起こるわずかな
意見の相違に気を留めなくなる。

他人が自分のことをどんなに思い、
自分に対してどのようにふるまっても、
そのためにキリストと自分との結合、
聖霊との交わりを妨げる必要はない。

   ミニストリー・オブ・ヒーリング 469

2009年9月24日木曜日

み霊の内住




聖霊の感化は、
魂の中にあるキリストの命である。

我々はキリストを見ないし、
彼と話をすることもないが、
彼のみ霊はどこに居ようとも
我々の近くにおられる。

それはキリストを受け入れる
すべての者の内に働き、
また彼らを通して働く。

聖霊の内住を知っている人々は
み霊の実
ー愛、喜び、平和、忍耐、寛容、善意、信仰ーを
表すのである。

              Manuscript 41. 1897年

2009年9月23日水曜日

人生という織物には利己主義はない



我々は神の奉仕をする
神の僕である。

人生という巧みな織物に
利己主義の糸を織り込んではならない。

なぜなら、
これが模様をだめにしてしまうからである。

しかし、
思慮のない人間はなんとそれをしやすいのだろうか。

彼らが神の苦しんでいる者たちを
親身になって思いやることが、
どれ程少ないことか。

・・・・

神は我々をご自身の助け手とする事によって
我々に誉れをお与えになる。

つぶやく代わりに、
とても親切な、憐れみ深い主人のもとに
仕える特権を得ている事を喜ぼう。

                  Letter 112. 1902年

2009年9月22日火曜日

尊い約束


ここに、
キリストと結びついたすべての者が
自分のものとすることができる、
尊い言葉がある。

彼は言われる、
「わたしは主を仰ぎ見、
わが救いの神を待つ。

わが神はわたしの願いを聞かれる。

わが敵よ、
わたしについて喜ぶな。

たといわたしが倒れるとも起きあがる。

たといわたしが暗やみの中にすわるとも、
主はわが光となられる。

・・・再び我々をあわれみ、
われわれの不義を足で踏みつけられる。

あなたは我々のもろもろの罪を
海の深みに投げ入れ」られる。

              (ミカ 7:7. 8 .19)

           Temperance 124-125

2009年9月21日月曜日

考える人間になる



考えない人間でなくて、
考える人間になるということ。

人まかせにする人間ではなくて、
自分で選ぶ人間になるということ、

これが人格化のまず第一歩なのです。


       *人間としてどう生きるか

2009年9月20日日曜日

壁を破り一線を越える




ここまでしかできないといった
頑固な固定観念を持っていると、

壁を破り、
一線を越えて成功にいたることができなくなります。  


              稲盛和夫(京セラ創業者)

2009年9月19日土曜日

第3期 第13課 権力闘争

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2009年9月18日金曜日

イエス様の弟子

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朴牧師の按手礼式

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ニュース7号発行

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2009年9月17日木曜日

好きと異なる愛




愛するということは
好きでなくてもできるんです。

せめてぎりぎりの線で、
いじめないでください。

不公平に扱わないでください。

フェアに接してください。

そういうことが、
好きと異なる愛ということです。


   *人間としてどう生きるか

2009年9月16日水曜日

すがすがしい表情が・・





Honest labour bears a lovely face.


毎日真面目に働いていると、
自然にすがすがしい表情が顔ににじみ出てくるものである。


Thomas Dekker 
( トマス・デッカー : 1572-1632 )
イギリスの劇作家

2009年9月15日火曜日

天来の真理の香




[ヤコブ3:13.14を引用]

真理に背いて偽るというのは、
どういうことであろうか。

それは霊と言葉と行状が
キリストではなく、
サタンを現しているのに、
真理を信じていると主張することである。

邪推や不寛容、
許さない精神などは真理に背いて偽ることであり、
愛、忍耐、寛容は真理の原則に調和している。

真理は常に純潔、親切であり、
利己主義の混じっていない天来の香を放っている。

       Review and Herald 1895年 3月 12日

2009年9月14日月曜日

社会的な善を選ぶ人


一時的な善でなくて、
将来的な善が選べる人になること。

刹那的な善でなくて、
人格的な善が選べるひとになること。

または、
利己的な善でなくて、
他人も利する社会的な
善が選べる人になるということは、
教育の一つの大きな役割です。

      *人間としてどう生きるか

2009年9月12日土曜日

キバナコスモス(黄花コスモス)

園芸品種名には「sunset」という
すてきな名前がついたものもあるそうです。




第3期 第12課 選ばれた婦人へのヨハネの手紙

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2009年9月11日金曜日

わたしの子

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愛のある人生

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2009年9月10日木曜日

黄花(キバナ)コスモス



オレンジコスモス〝神様・・ありがとうございます~〟


2009年9月9日水曜日

悲しみを味わう





Grief drives men into habits of serious reflection,
sharpens the understanding and softens the heart.


人間というものは、
悲しみを味わうことによって、
否応なく真剣に考える習慣ができ、
理解力が一層深まり、
柔和な心をもつようになるのである。


John Adams 
( ジョン・アダムズ : 1735-1826 )
アメリカの法律家・第2代大統領

2009年9月8日火曜日

神は何と言われるか




我々は、
何が人のやり方なのかとか、
何が世の習慣なのかなどと
問うべきではない。

我々は、
人に認められるためには
自分はどう行動すべきかとか、
世が許容するのは何かなどと
問うべきではない。

すべての魂にとって、
強い関心をもってなすべき問いは、
神は何と言われているか、である。

我々は、
神の言葉を読んでそれに従い、
その要求から一点一画もそれることなく、
人間の伝統や権力に関係なく
行動しなければならない。

 Review and Herald 1895年 10月 1日

2009年9月7日月曜日

生かされている


今日あなたが
元気で
生きていらっしゃると
いうことは、

もしかしたら、
どこかで誰かが
あなたのために、

祈っていてくださるからかも
知れません。

その意味で、
生かされているのであって、
自分だけで生きているなんて思ったら
大間違いです。


       *人間としてどういきるか

2009年9月6日日曜日

礼拝とコンサートin今治

福山集会所から今治教会へ

「出前(?)礼拝とコンサート」

福山集会所メンバーと広島三育学院教会メンバー


午後のコンサートは、礼拝堂に入りきれないほどの大盛況!

〝神様・・ありがとうございます!〟

2009年9月5日土曜日

第3期 第11課 『ヨハネの手紙Ⅰ』の重要なテーマ

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2009年9月4日金曜日

教会の目指すところ

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盤上この一手

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出会い


私と出会ったがゆえに、
相手の人が
以前より悪い人となることが
ないように、

以前より
その純粋さ、
誠実さ、
優しさ、
魂の気高さを
失うことがないように、

むしろ、
心豊かに生きることができる出会いを
積み重ねながら生きてゆきたい。

            *すてきな出会い

2009年9月1日火曜日

恵みによる弟子訓練


教区牧師会(8/31-9/2)のプログラムですが、

一般信徒もOK!ということで参加しました。

講師は、この本 ↑ の著者です。
(事前に読みました)


聖書キリスト教会・グレイスホーム牧師
弟子訓練ネットワークコーディネーター

岡野俊之、めぐみ牧師夫妻による講演会


クリスチャンの幸せはみ言葉に生きること。

繰り返し語られたのは

「み言葉に生きる」

み言葉を行う人は、

朝のディボーションだけでなく、

昼も夜も(一日中)常に主と共に、み言葉に生きる。

これは信仰生活の基礎の基礎。

〝愛の人が集まっているところ、これが教会です〟

今も、強く心に残る言葉です。

今治教会からご案内


今週の土曜日(9/5)、今治教会では、
福山集会所の皆様(広島三育学院教会)をお迎えして、
賛美と証のお礼拝を持ちます。

福山集会所の試みとして、
出張賛美と証礼拝、を企画され、
そのスタートとして、今治に一番に来てくださいます。

お近くの方がおられましたら、
ぜひ教会への出席をお勧め願えたらを思います。

また、午後は、2時~3時まで、
「片山広樹ピアノ・ミニ・コンサート」を予定しております。

片山広樹さんは、集会所の方で、
広島三育学院の卒業生でもあられますが、
重複障害者であられたのを、
小学校から習ったピアノの指先の運動がとてもよい影響となり、
すばらしい身体的回復をみられました。

また、ピアノパラリンピックに出場され、
芸術賞を受賞、
国連・カーネギーホールなどでも演奏もされています。

今回、今治教会では、
片山さんの先生である、今治出身の松山先生もお迎えし、
教会員、また、たくさんのこどもたちも対象にした
ピアノ・ミニ・コンサートを開きます。

どうぞ、
愛媛県にお住まいのお友だちがおられましたら、
ぜひお勧めくださいませ。

詳しくはこちらに掲載しておりますので、
ぜひよろしくお願いします。

http://yaplog.jp/ten-hashi/archive/2384

今治教会・張田

神についての間違った概念



我々はエホバを礼拝するのか、
それともバアルを礼拝するのか、
目に見える寺院はないかもしれない。

目に留まる偶像はないかもしれない。

それでも我々は偶像礼拝を行っているかも
しれないのである。

木や石で神々を形作るのと同様に、
大切にしている考えや目的を偶像にするのは
たやすいことである。

幾千という人々が神とその属性について
間違った概念を持っている。

彼らはバアルのしもべがしているように、
まさしく間違った神に仕えているのである。

    Review and Herald 1908年 11月 3日