2007年10月28日日曜日

関西地区・女性の集い in 京都

10月27日(土)
「関西地区・女性の集い」が
京都教会でありました。

手作り ウェルカムボード


受付 京都教会の女性方



安息日学校・教課の一クラス



礼拝 司会とお祈り
京都教会 水本重美さん



子どものおはなし 池増静子先生 


礼拝特別讃美歌 京都教会の女性のみなさま



礼拝説教
「助け手ー平和と喜びをもたらす賜物」
・・・イザヤ58:10~12・・・
教団女性部 池増静子先生






礼拝後
記念写真撮影

これは〝はい!チーズ!〟直前のようですね・・



昼食は、いつもの京都教会と同じ感じで
「おうどん」または「おそば」といろいろ・・
〝手作りのおだしで、とってもおいしい~!〟


昼食の後片付けをしてくださるのは男性方


みなさま、とても慣れておられるようにお見受けしました。
〝す、すご~い!〟


午後の集会で
西日本女性会 会長 吉村由美さん


午後のプログラム
・・・《三つの分科会》・・・
「祈りの会」
三人ずつくらいに分かれて祈りの会


グループがいろいろ


少人数でいろいろなおはなしが・・


時間が足りないくらい・・


分科会「祈りの会」のまとめを話す
京都教会 小泉ツネ子さん


分科会 「手紙を書く会 」
まず、礼拝説教について、
気づかされたこと、教えられたこと、励まされたことなど
話し合った後、祈りつつ
夫に、子どもに、友人に、知人に・・
手紙を書きました。

分科会「手紙を書く会」 のまとめを話す
京都教会 西川みどりさん




分科会「証会」
お一人おひとりのお話(証)に
それぞれ、感動や共感の思いが・・
祝福に満たされて (時間が足りない・・)

分科会「証会」のまとめを話す
京都教会 鈴木弘子さん



午後の集会の司会者
京都教会 大山三起子さん


神様の祝福のうちに集会は終わりました。

参加者全員に
京都教会の方が一枚一枚お書きくださった
聖句入りのかわいい素敵な色紙を
おみやげにいただきました。
〝感謝!〟

久しぶりにお会いした人たち
初めてお知り合いになった人たち
それぞれがまた、自分の場所へ帰り
今日、
集会をとおして神様からいただいた祝福とお恵みを
夫、家族、友人、知人・・
まわりのすべての人に
分け与えられますように・・

それぞれが決心したことと思います。

帰り道
京都の空に大きな大きな虹

私たち一人ひとりの決心を励ますかのように
大きく大きく長~く輝いていました。

〝神様!ありがとうございます〟

2007年10月27日土曜日

今治教会から



伝道局の千葉幸恵さんからご連絡があり、

伝道局の方に、

先日の四国女性会の様子がアップされましたので、

よろしければ、どうぞご覧くださいませ。






今治 けろちゃん

2007年10月26日金曜日

完全な人はいない

画像の上でクリックし、大きくしてからお読みください。

神のいつくしみに囲まれて


 神のいつくしみは片時も離れずあなたを取り囲んでいます。

あなたの祝福が毎日どこからどのようにして与えられるかを
考えてみることは有益です。

あなたの心のうちに、神の祝福に対する感謝の念がめざめ
なければなりません。

神の祝福、絶え間なくあなたに示される神の優しい愛は、
かぞえつくすことができません。

それは清新な雨のしずくのように無数です。
いつくしみの雲があなたの上をおおって、
いつでも雨を降らすように備えられています。

救いの貴重な賜物を感謝する時に、あなたは日ごとに清新の気を感じ、
またイエスの愛と守りを意識し、平安の道に導かれます。

 自然界における神のすばらしい事物をごらんなさい。
それをお与えになった神に感謝の心を向けなさい。
自然という書物には、頭脳にとって有益な研究があります。

恩を忘れて、向こう見ずな者になってはいけません。
さとりの眼を開いて自然界における神の法則の調和を見、
天地の最高の支配者であられる創造主をおそれ敬いなさい。

                              青年への使命 412

2007年10月25日木曜日

品性と共同体


 キリストの満ちあふれる豊かさは、
私たちが相互の交わりにおいて
協力して働くときに
経験することができる・・

「それは今、天上にあるもろもろの支配や権威が、
教会をとおして、神の多種多様な知恵を知るに至るため・・」
                              エペソ3:10


 今週は、「関西地区・女性の集い」が京都教会でもたれます。
神様が、豊かに祝福し お導きくださるようお祈りいたしましょう。

2007年10月24日水曜日

サタンの小さなくさび


自分は神の愛のうちにいるかどうかを
日毎に吟味するために、
また光の通路に自分を置いて、
自分の魂に注意を払う時間を持たない人々は、
サタンの指示に耳を傾け、彼の計画を実行するための
時間を持つことになるのである。

サタンは、小さなくさびによってつくられたさけ目を
そのくさびでひろげることによって、巧みに入り込んでくる。

サタンのもっともらしい考案が、この時代の神の特別な働きの中に
持ち込まれるであろう。

                            Manuscript 16. 1890年

2007年10月23日火曜日

心を守る




彼らはキリストらしさを家庭に持ち込むことをしない。  
言葉を選ぶに当り、思慮深い配慮を見せない。

あまりにもしばしば、不機嫌な、短気な言葉、
人間の心に悪い感情をかきたてる言葉が語られる。

そのような人は、魂にキリストを宿らせる必要がある。
キリストの力によってのみ、彼らは言葉と行為を守ることができる。

心を守る働きにおいて、我々は、
恵みのみ座に助けを嘆願することに疲れることなく、
祈りを即座にしなければならない。

クリスチャンと名乗っている者は、助けを求めつつ、
熱心に謙遜に神のところに行くべきである。

救い主は我々に絶えず祈るようにと言われた。

いつも祈りの姿勢をとっていることはできないが、
クリスチャンはその思いと希望をいつも上に向けていることができる。

語ることを少なくし、もっと多く祈るならば、
我々の自己過信は消えるであろう。
                    
                         Youth's Instructor 1903年 3月5日

2007年10月22日月曜日

「おかんメニュー」 完成!

今治教会おかんメニュー作製委員会の皆さま
〝お疲れさまでございました!〟

ご協力くださいました皆さま
〝ありがとうございました〟

四国地区・女性の集い(今治)に
出席された方々にはプレゼントされた このレシピ集を
ブログでご紹介できることになりました。


このページの右側からも お入りいただけます。
ボリュームたっぷりで、
お料理の腕もググッ!と上がりそうです。
〝見るのも楽しいし、作るのはもっと楽しい!?〟

2007年10月21日日曜日

K姉妹の証しから


 10月20日、爽やかな秋の日、素晴らしい天候に恵まれ、
教会の女性部の役員3名は車で約1時間の東広島集会所に
安息日集会のご奉仕にでかけました。

3人が、安息日学校の教課研究、礼拝の証し(2名)を担当。
この日、集会所の出席者はご都合の悪い方が多くて
女性2名だけでしたが、集まった5名で思いを分かち合う
ことのできる恵まれた時間を過ごさせていただいたことを
主に感謝しました。

                       
            <K姉妹の証しから>

  私の父は七年前に亡くなりました。家族思いの大好きな父でした。

大きな支えを失って、私の実家では今だ癒えない傷に苦しめられて
います。亡くなる直前に父が、ひとつの文章を残していったようです。
 それは、山本有三の「路傍の石」からの文で、

    人生とは、
    
        「人生は、往復切符を発行しない。
        一度出発したら二度と帰って来ない。
  
    私達は、人生という片道切符の列車に乗って
    ひたすら終着駅に向かっている。

    通り過ぎる駅、町、次々に変わる車窓の景色、
    列車は二度と会うことのないそれらを振り切って、
    休みなく終着駅をめざしている。
    あの町も、この人にもこれっきり、
    大事なかけがえのない旅なのです。

    あの町、この駅になにかしら自分が通った印しを残し、
    あの人、この人にふれあいの絆をつなぐ、
     思い残すことのない人生のために現在を大切に
    生きなければならないと思う。

        たった一人しかない自分を
        たった一度しかない人生を
        本当に活かさなかったら
         人間、生まれてきた甲斐がないじゃないか。

  父の死は私達には突然でしたが、彼は生き様を強烈に残して
  いってくれたと思います。

  父の形見として私はこの文章を大事に今も玄関にかけています。



   この文章の中にある「あの人、この人にふれあいの絆をつなぐ、
思い残すことのない人生」という言葉にとても心が打たれました。

そして、今日の5名だけの安息日の集いも、そのふれあいの
新しい絆を造り出したように思われてきました。
  
 集会所のH姉妹が、「毎回、女性会の皆さまのお話に励まされて
います。私も機会があったらぜひ女性の集いに参加したいです」と
おっしゃったことに私たちは感動して、皆で喜びを分かち合い
お別れしました。             (広島三育学院教会女性部 品川)

2007年10月19日金曜日

火による試練


◆主に従うほとんど大部分の人が
何らかの危機を経験しており、
その中で主の導きを疑う誘惑に直面しています。

そのようなときに重要なのは、約束に信頼し、
過去における神の導きを思い起こし、
信仰と忍耐を祈り求めることです。

主は決して私たちを見捨てられません。

主を捨てる誘惑と闘わねばならないのは、
むしろ私たちの方です。

2007年10月18日木曜日

巧遅拙速


〝巧遅は拙速に如かず〟

仕事の出来がよくて遅いよりも、
たとえ、出来は悪くとも、速くできる人がよいという諺。

どんなに巧みですばらしいことを考えていても、
机上の空論では、いつまで経っても前へ進まない。
そのうち、稚拙な考えであっても、常に行動している人は、
やがて行動力を生かし、どんどん目的に邁進していって
成功をつかんでしまうというふうにもいわれています。

私たちは、考えたら(思いついたら)、まず、祈る。

次に〝巧遅拙速〟!

2007年10月17日水曜日

祈ってください・・覚えてください


◆今、何らかの誘惑に直面していますか。
イエスの模範に従うことができるように祈ってください。
誘惑に屈する必要がないことを覚えてください。
たとえ屈したとしても、
あなたに救い主がおられることを覚えてください。


「すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、
むしろ悲しいものと思われる。
しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、
平安な義の実を結ばせるようになる。」

                    ヘブル人への手紙 12:11

2007年10月16日火曜日

どんな時も神を愛する


 
 以前、「エデンの園でアダムとエバが罪を犯す前、彼らは毎日、
神様に対する愛の告白として、「善悪の知識の木の実」を食べ
なかった」というお話を書きました。

 アダムとエバにとって、その実を食べないことは簡単なことで
した。永遠の命をいただいていた彼らは、神様のお心に従うこ
とが何よりの喜びだったからです。
そしてそれは彼らにとって神様への愛の告白でした。

 私たちも毎日、同様の告白をすることがゆるされています。
「私は神様、造り主なる神様を愛します。イエス様を信じます」と
大胆に宣言することができるのです。

 しかし、これは驚くべきことです。サタンの力の吹き荒れるこの
世界で、私たちは力強く、自由にこの宣言することが許されてい
るのです。なぜなら、イエス様が十字架上で、私たちをサタンの
手から解放してくださったからです。

「今こそ、この世が裁かれる時。今、この世の支配者が追放さ
れる。わたしは地上から上げられるとき、すべての人を自分のも
とへ引き寄せよう。」(ヨハネ12:31、32)とある通りです。

 私たちは力強く、大胆に、この神様への愛の宣言を、自由に
することができます。いつでも、どこでも、どんな時でも!

 どんな時でも・・・?私たちは問われています。「私たちははた
してどんな時でも神様を愛することができるか?」。結論は、「で
きる!」です。

「神様を愛する」ことを選びさえすれば、私たちはいかなる時でも、
「神様を愛する」ことを選ぶことができます。どんな時でも!それ
を選ぶ力を、神様からいただいています。
永遠の命の力が、神の子として力が与えられています。
聖霊のお力が私たちの内に宿っています。

「彼(イエス様)を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々
には、彼は神の子となる力を与えたのである」(ヨハネ1:12)。

 旧約聖書のヨブという人物がそうでした。
聖書の最も古い書巻といわれているヨブ記には、家族を失い、
健康を失い、財産を失ったヨブが、神様を崇める、という出来事が
書かれています。

 ヨブ記は、人は全てを失っても神様を愛することができるか、と
いう問に対する答えです。

 ビクトル・フランクルという理学者は、ナチスドイツの強制収容所
に送られ、両親、兄弟、妻を収容所で亡くします。
ある日、彼は小さな独房に拘禁されます。しかし彼はそこで、ナチ
スの兵隊たちが決して奪うことのできない自由を発見します。

 それは心の選び。心の自由でした。そのような最悪の状況の中
で、自分は何を選ぶのか?世を呪うのか?それともその中に意味
を見出してゆくのか、という選びでした。

 彼は後者を選びました。そして彼の選びが、彼と同じように捕ら
えられていた人々に多大な影響を及ぼしてゆきました。影響を受
けた人々もその中に生きる意味を見出していったのです。

 神様は、私たちに選ぶことの力、自由を与えてくださいました。
その自由を用いて、私たちは、神様を愛することができるのです。
どんな時も!!

「だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができまし
ょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。」
(ローマ8:35)。

「しかし、これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたち
を愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。
わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、
現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、
低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリス
ト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すこと
はできないのです」 (ローマ8:37~39)。

                   
                    SDA大阪センター教会牧師 藤田昌孝

2007年10月12日金曜日

神の国

天高く 馬肥ゆる秋・・・・ですね。
お元気ですか?
忙しくとも健康には充分留意していきたいものです。
でも、もし病気になったら・・・・
今日は、あの晴佐久神父が
自身病気になったときに書いた詩をご紹介します。


病気になったら            晴佐久 昌英

病気になったら、どんどん泣こう
痛くて眠れないといってなき、
手術がこわいといって涙ぐみ、
死にたくないよといって、めそめそしよう
恥も外聞もいらない
いつものやせ我慢や見えっぱりをすて、
かっこうわるく涙をこぼそう
またとないチャンスをもらったのだ
自分の弱さと、思いあがりを知るチャンスを

病気になったら、おもいきり甘えよう
あれが食べたいといい、
こうしてほしいと頼み、
もうすこしそばにいてとお願いしよう
遠慮も気づかいもいらない
正直に、わがままに自分をさらけだし、
赤ん坊のようにみんなに甘えよう
またとないチャンスをもらったのだ
人の情けと、まごころに触れるチャンスを

病気になったら、心ゆくまで感動しよう
食べられることがどれほどありがたいことか
歩けることがどんなにすばらしいことか
新しい朝を迎えるのがいかに尊いことか
忘れていた感謝のこころを取りもどし、
見過ごしていた当たり前のことに感動しよう
またとないチャンスをもらったのだ
この瞬間に自分が存在しているという神秘、
いのちの不思議に感動するチャンスを

病気になったら、すてきな友達をつくろう
同じ病を背負った仲間
日夜看病してくれるひと
すぐに駆けつけてくれる友人たち
義理のことばも、儀礼の品もいらない
黙って手を握るだけですべてを分かち合える
あたたかい友達をつくろう
またとないチャンスをもらったのだ
神様がみんなを結んでくれるチャンスを

病気になったら、必ず治ると信じよう
原因がわからず長引いたとしても
治療法がなく悪化したとしても
現代科学では治らないと言われたとしても
あきらめずに道をさがし続けよう
奇跡的に回復した人はいくらでもいる
できるかぎりのことをして、信じて待とう
またとないチャンスをもらったのだ
信じて待つよろこびを生きるチャンスを

病気になったら、安心して祈ろう
天にむかって思いのすべてをぶちまけ、
どうか助けてくださいと必死にすがり、
深夜、ことばを失ってひざまずこう
この私を愛して生み、慈しんで育て、
いつか御自分のもとへ呼んでくださる方に
すべてをゆだねて手を合わせよう
またとないチャンスをもらったのだ
まことの親である神に出会えるチャンスを

そしていつか、病気が治っても治らなくても
みんなみんな、流した涙の分だけ優しくなり
甘えとわがままをこえて自由になり
感動と感謝によって大きくなり
友達を増やして豊かになり
信じ続けて強くなり
祈りのうちに、神の子になるだろう
病気になったら、またとないチャンス到来
病のときは恵みのとき



では、良き安息日を!

ハッピー・サバス!!

                          SDA西日本教区長 島田真澄

今週のメッセージ


人の心の中をごらんになる神は、
人間が自分自身を知る以上に人間の性質を
知っておられる。

正しく指導すれば、神の働きを進展させる能力や
感受性を持っている人々がいることを知っておられ、
摂理によってこうした人をいろいろ異なる地位や各種の
境遇に導かれるのであるが、それはその人自身知らなかった
自己の欠陥を発見するためである。

神はこうした欠陥を改める機会を与え、
神の働きに適する者となる機会を与えられる。
そして、きよめられるためにしばしば火のような試練が彼らを
襲うことを許されるのである。

         「ミニストリー・オブ・ヒーリング2005」478、479ページ

2007年10月11日木曜日

特別な「特別讃美歌」

四国地区 女性の集いで

3名の現役牧師と 2名の引退牧師による特別讃美歌

・・・ピアノ伴奏は 張田裕子さん・・・

清めの試練


◆あなたは今、何らかの罪と格闘していますか。
もし神が今日、あなたを精錬し、試みるとするなら、
どのような方法をお用いになると思われますか。

神がかつてのイスラエルのように、
あなたに対して徹底的な処置をとられる前に、
あなたは今、どんな対策を講じることができますか。

2007年10月9日火曜日

ありがとう!四国地区女性の集い・今治



参加して下さった方々へお土産にと
手間と時間と愛のエッセンスを惜しみなくかけた
素晴らしいオカンメニューファイルブックを頂きました。

表紙には今治教会三好姉のにこやかな笑顔!
ページを進めるごとに池増ミセスも、北林ミセスも、
あの方もこの方も笑顔でお料理をご紹介下さって
お料理もさることながら、笑顔のお写真の向こうで
あの方は今何をなさっているかしら?何を思っているかしら?と
人想う時間を作り出す温かなメニューブックです。

時間をかけて作って下さった本当の意図は
この心の交流にあるんだわ・・。
色彩豊かなページの中からは
イエス様のもとSDAに集うオカン!方々の
「日常の食卓こそがイエスさまをお伝えする第一歩だよ」
の声も聞こえてくる気がします。

いやー!ホントに素敵ですよ、オカンメニューは。

イエスさまの御言葉もオカンメニューと同じかな・・・?

「イエスさまの信仰はうまみに満ちていますよ。
 イエスさまを信じます!と自分で選びさえすればいいんですよ。
 簡単でしょう!?
 そして、守り易いんですよ。
 イエスさまを信頼するだけでいいんです。」
張田牧師はお話の中でおっしゃいました。

そうか!オカンらしくあつかましく?しつこく?
一度つかんだら離しませんよー!イエスさま!と
しがみつく程、信仰のうまみが増してゆくのでしょうね。

証をして下さった、片野さん、足達さん、小原さん
有難うございました。
「この地で幸せにして下さい」詩篇41・3 のとうり
それぞれの地で、それぞれの形でイエスの元にある平安と勇気を
伝えて下さいました。

午後、5名の牧師、元牧師先生方が特別賛美歌をして下さり
豪華さに驚くと共に、
 非常に力づけられました。感謝致します。

今治教会の皆様、張田先生、けろさま、パソの陰の編集者さま
本当にありがとうございました!

祈り

 
 あなたがたをキリストにある永遠の栄光に

招き入れて下さったあふるる恵みの神は、

しばらくの苦しみの後、あなたがたをいやし、

強め、力づけ、不動のものとして下さるであろう。

 どうか、力が世々限りなく、神にあるように、アァメン。

                ペテロ第一の手紙 5:10、11

2007年10月8日月曜日

四国地区合同女性会・今治

10月6日の安息日は、
今治教会で四国地区合同女性会が持たれました。

遠く、高知、土佐山田、徳島、丸亀、
また東京と姫路からも来て下さり、大変感謝でした。

今回、「おかんメニュー本」を作製する!と
息巻いて頑張ってきた今治ですが、
少子高齢化の波に、企画倒れか!?と思う事もしばしば、
助けて~もう駄目~!と叫ぶ毎日でした。

ところが、高知をはじめ、
本当にたくさんの方々の励ましのお手紙、電話、メール、
そしてたくさんのおかんメニュー!

皆様のお祈りとお助けなしには実現不可能だった
本も完成し、証もご用意下さいました。
心から感謝申し上げます。

お支え下さいました、西日本女性会、
四国地区女性会、各教会の皆様、
なんでか突然特別賛美歌まで頼まれた
三人の四国の牧師と二人の引退牧師、
影で奔走して下さったたくさんの皆様と、
今治で開催させて下さいました神様に深く御礼申し上げます。

集合写真


土佐山田教会・特別讃美歌


高知教会・綾さんの証


おかんメニューの昼食


午後
おかんメニューの証


語り合う人たち



会の様子をいろいろ紹介してますのでこちらにみに来てね!


「天使のはしご」
愛媛 今治教会 張田裕子

2007年10月7日日曜日

来るべき試練・今週のテーマ~


化学実験室ではよく、いろいろな物質を
小さな容器に入れて、高温で熱することがあります。

容器が熱くなるにつれて、中の物質は成分によって、
溶けたり、シューと音を立てたり、噴き出したり、
明るく燃え上がったりします。

この容器は「るつぼ」と呼ばれます。

「るつぼ」は辞書の中で次のように定義されています。

1 物質を高温で溶かすのに用いられる容器
2 厳しい試練
3 力が集中するときに、その相互作用によって変化や
  発展が生まれる場所や状況。

これらの定義は私たちの霊的生活についても有益な洞察力を与えてくれます。

今週は、私たちがどのような理由によって、品性の変化や発展、
成長をもたらすような圧力や試練の中に突然身を置くことになるのかについて
考えます。

これは、神が私たちの人生をどのように導いておられるのかを理解する助け
になります。

実際に「るつぼ」の中に入れられたときに、どのように応答すべきかを
知るようになるためです。