2010年8月31日火曜日

しっかり苦しんだらいい


挫折ということも、
人生にとっては非常に大切なことであって、
その時にはそれなりに、
しっかり苦しんだらいい。

ただ、
それに打ちのめされることなく、
成功だけが
唯一の自分を生かす道では
ないのかも知れないと
考えるゆとりがほしいものである。

*心に愛がなければ


2010年8月30日月曜日

写真の感光板と同じ精確さ



知性と判断力、
推論する力を
備えておられる神から
祝福されている我々は、
神に対して
責任のあることを
認めなければならない。

神が我々に対して与えておられる生涯は
聖なる賜物であり、
一瞬も浪費してはならない。

なぜなら、
我々は裁きの記録の中で、
再びそれに会わなければならないからである。

天の書物の中で
我々の生涯は写真家の感光板上の写真のように、
正確に写されている。

我々は我々の行った行為だけでなく、
行わなかったことに対しても責任を持っている。

我々は我々の発達させなかった品性、
利用されなかった機会に対して責任がある。

      Review and Herald 1891年 9月 22日

2010年8月29日日曜日

黙示録18章の天使


黙示録18章の
預言は間もなく
成就されるであろう。

第三天使の使命の
宣伝中に、
「もう一人の天使」が
大きな力をもって
天から下ってくると、
地は「彼の栄光によって明るく」されるのである。

主の霊は、
献身した人間の器を非常に恵み深く祝福されるので、
地は海水が海を覆っているように、
神の知識と主の卓越した栄光で満たされ、
男も女も子供も唇を開き、
神を賛美し、感謝するであろう。

初めの確信を終わりまで固く保っている人々は、
大きな力で第三天使の使命が宣伝されている間、
十分に覚醒しているであろう。


        Review and Herald 1904年 10月 13日


2010年8月28日土曜日

2010年8月27日金曜日

金牧師の按手礼

画像上をクリックし、大きく開いてお読みください。

神に栄光を帰すこと


神に栄光を帰すということは、
我々自身のうちに彼のご品性を表すことであり、
このようにして、
彼を人々に知らせることである。

そして、
どんな方法であっても、
御父やみ子を知らせることによって、
神に栄光を帰すのである。


Manuscript 16. 1890年


2010年8月26日木曜日

神の日における苦い失望


信仰を告白する多くのクリスチャンが、
神の日に、
苦い失望に出会うであろう。

彼らは額に生ける神の印を持っていない。

生ぬるく、
冷淡な彼らは、
不信仰者であると公言する者よりはるかに多く
神に恥をかかせる。

彼らは、
決して誤ることのないお方に導かれ、
み言葉の真昼の光の中を歩むことができる時に、
暗闇で手探りしているのである。


Letter 121. 1903年


2010年8月25日水曜日

ヨハネに託された輝かしい真理

テバルの人工湖 マケドニア
・・・・本日のBingトップページ~・・・・


神が
み名の栄光のために用いられる
最良の人々は、
人の知恵によって承認されないことも
しばしばあるが、
神から忘れられることは一瞬もない。

ヨハネが
パトモス島に流された時、
多くの人は、
彼のことを奉仕の時が過ぎて
今にも倒れそうな折れた葦であると思った。

しかし主は、
孤島の収容所に閉じ込められている
彼のしもべを、
用いるのにふさわしい器とご覧になっていた。

・・・・・

真実で忠実なキリストのしもべたちは、
人々から認められもせず、
尊ばれもしないかもしれないが・・・・、
主は彼らを尊ばれる。

彼らは、神から忘れられない。

・・・・・

神のために働いて年老いた人々は、
教会にとって、
経験という大きな価値を持っている。


神は、
神のために奉仕して
年老いたご自分のしもべを尊ばれる。

この地上歴史の最後の章に関する
最も輝かしい真理が、
イエスの愛された
老年の弟子に与えられたのであった。


Manuscript 109. 1897年
 


2010年8月24日火曜日

健やかであるべき体と心


すべての人間に
神がお望みになることは、
「愛する者よ、
あなたのたましいが
いつも恵まれていると同じく、
あなたがすべてのことに恵まれ、
またすこやかであるようにと、
わたしは祈っている」(Ⅲヨハネ 2)との
み言葉の中に表現されている。

「あなたのすべての不義をゆるし、
あなたのすべての病をいやし、
あなたのいのちを
墓からあがないいだし、
いつくしみと、あわれみとを
あなたにこうむらせ」になるのは
キリストである(詩103:3、4)


ミニストリー・オブ・ヒーリング81. 82

2010年8月23日月曜日

相手の人格への尊敬

ロアタン島の洞窟  ホンジュラス
・・・・本日のBingトップページ~・・・・


相手の意見を検討するためには、
まず自分が自分なりの意見、
判断をもっていなくてはなりません。

さらに、
自分の考えのみが正しいとは限らないという謙虚さと、
他人には他人の考えがある、
という相手の人格への尊敬も必要です。


*目には見えないけれど大切なもの



2010年8月22日日曜日

人間が深くなる

タシュ・ラバット カザフスタン
・・・・本日のBingトップページ~・・・・


〝今日は処暑・・夏ももう少し・・〟


否が応でも襲ってくる
孤独感が
あったとしたならば、
それを
しっかり受け止めて、
闇がもったいないという
感覚で、
この孤独を味わえる間
味わって、
安易なもので
こわさないでおいてください。

そうすると
人間が深くなります。


*人間としてどう生きるか

2010年8月21日土曜日

2010年8月20日金曜日

お年寄りの知恵

画像上をクリックし、大きく開いてお読みください。


目覚めるよう

スケルトン・コースト  ナミビア
・・・本日のBingトップページ~・・・


我々はまさに、
試みられ、
清められる時代に生きている。

地や海における洪水、
台風、竜巻、豪雨、災害など、
非常に驚くべき種類のしるしは
万物の終わりが近づいていることを知らせている。

神の裁きは、
人々がキリストが直ぐに来られるという
事実に目覚めるよう、
世に降り注いでいる。


Review and Herald 1892年 11月 8日

2010年8月19日木曜日

希望は勇気


希望は強い勇気であり、あらたな意志である。

マルティン・ルター

2010年8月18日水曜日

謙遜は真理


謙遜は真理です。

だから、
持っているものを持っていないかのように
見せることは嘘です。

その反対に、
持っていないものを持っているかのように
見せることも嘘です。


*人間としてどう生きるか


2010年8月17日火曜日

命の過ごし方


〝財産〟とみなし、
いとおしく思えるような命の過ごし方というのは、
決して不幸や苦しみと無縁の人生を指すのではなく、
人生で出合う一つひとつのことを、
ていねいに、
自分らしく受けとめ、
自分の〝もの〟としてゆく生き方のことだと思うのです。


*目に見えないけれど大切なもの


2010年8月16日月曜日

ペンテコステの味わい

弟子たちは
神聖の型であるお方と
ごく親密に交わっていたので、
彼らは
ある程度品性において彼に同化しており、
彼の訓練と模範を
世に知らせるのに特に適していた。


Spirit of Prophecy 3 244

2010年8月15日日曜日

天との交信の扉


バプテスマによって我々は、
サタン及びその代理者との
つながりをすべて絶ち、
心と思いと魂を神の王国を
広げる働きに投入することを
誓った。

全天はこの目的のために
働いている。

父と子と聖霊は、
清められた人間の器と協力して
働かれると誓っておられる。

もし我々が自分たちの誓いに忠実であれば、
そこには天と通信する扉が開かれる。

人間の手あるいは
サタンの代理者の誰一人として
閉じることのできない扉である。


    Review and Herald 1906年 5月 17日


2010年8月14日土曜日

2010年8月13日金曜日

占いの危険

画像上をクリックし、大きく開いてお読みください。


金の鎖

諏訪湖祭湖上花火大会 長野 諏訪市
・・・・本日のBingトップページ~・・・・

キリストの愛は、

イエス・キリストを信じる人間と

永遠の神とを結ぶ金の鎖である。

主が彼の子らに対して

抱いておられる愛は計り知れない。

いかなる科学も、

それを定義づけることも説明することもできない。

人間のいかなる知識も、

その深さを計ることはできないのである。

我々は、

この愛の影響を感じれば感じるほど、

さらに柔和で謙遜になっていくのである。


Letter 43. 1896年


2010年8月12日木曜日

意味を与えていく



ほんとうに
単調な仕事を
していて、
意味も見いだせない、
または、
感謝をされるような
仕事でなくて、
なんのために
私はこの仕事を
朝から晩まで
しているのだろうかという
手ごたえのない時には、
意味を与えていくということが
たいせつになってきます。


*人間としてどう生きるか

2010年8月11日水曜日

実力


「努力できるということも実力のうち」


俵 万智
(エッセイスト 歌人)


2010年8月10日火曜日

流されて生きていないか

「月牙泉」 中国甘粛省 敦煌
〝砂漠に浮かぶ孤島のようです〟
・・・・本日のBingトップページから・・・・


付和雷同して生きていないか。

意見を持たないで流されて生きていないか。

無意識に一日を過ごしていないか。

人格として生きるということは、
意識しながら、
考えながら、
選びながら、
よりよいものを求めながら生きていくことです。


*人間としてどう生きるか

2010年8月9日月曜日

致命的な欺瞞


真の清めは、
キリストと信者たちを
結合させ、
また優しい同情をもって
お互いを結びつける。

この結合によって、
キリストのような愛という豊かな
流れが心に絶えず流れ込み、
それがお互いへの愛となって
再びあふれ出るのである。

すべての者が備えていなければならない
必要不可欠な特質は、
キリストの完全なご品性を特徴づけたもの、
すなわち彼の愛と忍耐と無我の精神、
そして寛容である。

これらの特質は、
親切な行為を親切な心で行うことによって
身につくのである。・・・

人が兄弟たちにキリストのような愛を抱くことなしに、
永遠の命にあずかることができると考えるのは、
最も致命的な大欺瞞である。

神と隣人を愛する者は、光と愛とで満たされる。

神がその人の内に、また彼の周囲至るところにおられる。

クリスチャンは、彼らの周りの人たちを、
キリストが命を捧げられた尊い魂として愛するのである。
愛のないクリスチャンなど存在しない。

なぜなら、「神は愛であ」り、
「もし、わたしたちが彼の戒めを守るならば、
それによって彼を知っていることを悟るのである。

『彼を知っている』と言いながら、
その戒めを守らない者は、偽り者であって、
真理はその人のうちにない」からである。・・・
「わたしのいましめは、これである。

わたしがあなたがたを愛したように、
あなたがたも互いに愛し合いなさい。」

これが神に返されるべき実である。


                  Manuscript 133. 1899年



2010年8月8日日曜日

ロングリートの巨大迷路

イギリス ウィルトシャー
(本日のBing トップページ~)


我々の日常生活


神に対して
罪を犯しているにも
かかわらず、
人が自らを正しいと信じ、
その行いが
神に受け入れられていると
思い込むことほど
大いなる欺瞞はない。

彼らは、
信心深い様子をしながら
その実を捨てる。

彼らは貧しい者、みじめな者、
目の見えない者、裸な者で、
すべてを必要としているのに、
自分たちは富んでいて、
なんの不自由もないと思っている。


  Testimony Treasres. vol.1 158

2010年8月7日土曜日

第3期 第7課 罪に打ち勝つ力

画像上をクリックし、大きく開いてお読みください。


アオガエル

葉っぱから覗くアオガエル

(本日のBing トップページ~ )

2010年8月6日金曜日

心霊術の惑わし

画像上をクリックし、大きく開いてお読みください。

2010年8月5日木曜日

信じ合う心をつくってゆく


おだててはいけない。

いつわってもいけない。

しかし、
人間は期待に応えて生きるということを
忘れないで、
信頼することによって、
信じ合う心を
お互いにつくってゆくことが
たいせつなのだ。


*美しい人に


2010年8月4日水曜日

実際的適用


我々は日常生活において、
我々の兄弟たちと世に対し、
キリストの柔和と
謙遜さとを表し、
それによって
キリストに栄光を帰し、
み言葉の解き明かしをする
生きた証人とならなければならない。

キリストの教えは、我々にとって、
命の木の葉のようでなければならない。

生命のパンを食し、消化するとき、
我々は均整のとれた品性を表すであろう。

互いの一致により、また、
自分よりも他の人々を高める事によって、
我々は世に対し、
真理の力の生きた証となるのである。・・・

 人が命のパンを食べ、救いの水を飲み、
神に完全に服従するとき、
彼らはキリストの内に成長する。

彼らの品性は、知性が何を食べ、
何を飲んでいるかによって形成される。

み言葉を受け入れ、従う事によって、
彼らは神の性質にあずかる者となるのである。

こうして彼らのすべての働きは神を表し、
人ではなく、キリストが高められるのである。


                 Letter 64. 1900年


2010年8月3日火曜日

光の通路としての接続



我々が恵みに
成長することは、
どのようにして
可能となるのだろうか。

神の模範に従って
型どられるために、
自己を空しくし、
それを天に差し出す時にのみ、
我々には可能性がある。

我々は生きている光の通路と
接続することができる。

我々は天の露で活気づけられ、
我々の上に天の雨を注いで
もらうことができる。

我々が神の祝福を感謝する時、
我々は更に多くの神の恵みを
受けることができるであろう。

肉眼で見ることのできない神を
継続的に信仰によって見ることを学ぶにつれて、
我々はキリストのみかたちに変えられていくであろう。

キリストの恵みは我々を誇らせたり、
自己を高ぶらせたりせず、
我々を柔和で謙遜な者とするであろう。

         Signs of the Times 1893年 1月 16日

2010年8月2日月曜日

力ある神の恵み

カイト・フェスティバル(アメリカ ワシントン州)本日のBingトップページ~


み言葉の中で、
神は、
ご自分が人間のために成し得ることを
啓示しておられる。

神はご自分のくびきを負う人々の品性を
神のかたちに従って型どり、
装われる。

彼の恵みを通して、
彼らは神のご性質にあずかる者となり、
このようにして、
世にある欲を通して存在する堕落に
打ち勝つことができる。

我々に勝利する力を与えてくださるのは神である。

彼のみ声を聞き、
彼の戒めに従う人々は
義なる品性を形作ることができるようになる。

神のご命令を無視する人々は、
彼らが持っている傾向によって
品性を形作るであろう。


Letter 44. 1903年

2010年8月1日日曜日

その力が与えられている

苦しみは、
それ自体よろこびにはなり得ない。

不幸もそのまま感謝の泉となることはない。

しかしながら、
それが一旦人間の中に吸収され、
消化された時に可能となる。

神の似姿として、
人格としてつくられた人間には、
その力が与えられている。


*信じる「愛」を持っていますか