2011年11月30日水曜日

「一期一会」

日本語に「一期一会」という
美しい言葉があります。

それは
繰り返しの連続、
毎日の些細なこと、
出会いの一つひとつを、
「今ヨリナイ」と、
心をこめて行う意味なのです。

このような心こそは、
「素敵な出会い」の秘訣ではないでしょうか。


*すてきな出会い


2011年11月29日火曜日

祈りに答えられる神と協力する


神の支配のもとにあって
たえず神の感化を受けている人たちは、
目に見えない暗黒の勢力の
狡猾な働きを見分けることができるでしょう。

神と天の軍勢との調和と一致を望むならば、
熱心にそのみこころを行うことに努めたいものです。

そしてサタンとその軍勢に
決してとって代わられてはなりません。

しかし、
真に心していなければ
私たちは
サタンに打ち負かされてしまいます。

神の私たちに対するみこころは
啓示としてすべての人に表されてはいますが、
神のみこころを知っているということで、
人が神に助けを求める必要や、
祈りにおいて答えてくださる神と
協力する必要がなくなるということではありません。

神は人間の働きを通して
御自身の目的を果たそうとしているのです。


(『SDA聖書注解』第六巻1119p)

祈り 184、185p

2011年11月28日月曜日

不忠実さのゆえに答えられない祈り


神はすべての祝福の与え主である。

その神が、
わたしたちのすべての所有の一部を要求なさる。

これは、神が、
福音の宣教を維持なさる費用としてあてられる。

こうして、
受けたものを神にお返しすることによって、
わたしたちは、
神の賜物に対する感謝をあらわす。

しかし、
神ご自身のものを自分のところに
保留しているならば、
どうして神の祝福を求めることができようか。

もしわたしたちが、
この地上のものに不忠実な管理者であるならば、
どうして、
天のものをゆだねられることを
期待することができようか。

祈りに答えがない理由は
ここにあるのではなかろうか。


(『キリストの実物教訓』121、122p)

祈り 170、171p


2011年11月27日日曜日

祈りが答えられるためには祈りを生きる



わたちたちは、
生活に矛盾がないように
目を覚まして祈るべきです。

目を覚まして祈るということは、
祈りが答えられるように
神の前に
わたしたちの祈りそのものを
生きるということです。


(『セレクテッド・メッセージ』第一巻116、117p)

祈り 168p


2011年11月25日金曜日

2011年11月24日木曜日

天に起源のある植物





愛は
天に起源を持つ
植物であり、
もし
我々がそれを
心の中に
繁らせたいのであれば、
日々それを
培養しなければ
ならない。

穏やかさ、
優しさ、
忍耐、
容易に怒らないこと、
すべてを忍び、
すべてを耐えること

これらは愛という尊い木の果実である。

Review and Herald 1888年 6月 5日

2011年11月23日水曜日

祈りが答えられたことを喜びなさい




信仰をもって
祈りなさい。

そして
祈り求める祝福を
得るために、
自分の生活を
祈りと調和するように
努めましょう。

信仰が
弱まることのないように、
注意しましょう。

私たちが受ける祝福は、
私たちの信仰の強さとその実践に比例するからです。

「あなたがたの信じているとおりになるように」
「信じて祈るならば、
求めるものは何でも得られる」
(マタイ9:29、 21:22)とあります。

祈り、信じ、喜びなさい。

祈りが答えられたならば、
神に心からの讃美の歌をささげなさい。

神をその言葉通りに信じなさい。

「約束してくださったのは真実な方なのですから」
(ヘブライ10:23)。

心からの真剣な祈りは決して失われることはありません。

神への水路の扉は開いています。

恵みの水はあふれるほどに流れています。

その流れにはいやしの力が伴い、
救いと命、
健康を豊かに与えてくださいます。


(『教会への証』第七巻274p)

祈り 164p

2011年11月22日火曜日

イエスの祈りは霊性の秘訣を示している


この地上における救い主イエスの生活は、
自然と交わり、
そして神との交わりの日々でした。

この交わりの中にイエスは、
私たちが学ぶべき、
力にあふれた生活の秘訣を示しています。

(『健康についての勧告』162p)

祈り 275p

2011年11月20日日曜日

「年輪」




私は樹木の年輪をみて
わが生涯の年輪を思う。

幸福な人生の春には
のびのびと成長し、
厳しい試練の冬には
ちぢこまった痕を残し、
年ごとに層を加え、
数えてみれば
六十にあまる
同心の円輪である。

少年の日、
水に溺れようとして
友に助けられ、
青年の頃胸を病んで
人生に望みを失った時、
キリストによって救われた。

戦いはげしい時には、
爆弾や焼夷弾が
雨のように降る都心に住んでいたが、
奇跡的に生き残された。

ああ主よ!
私の時はあなたのみ手にあります。

私はかって無価値な一本の苗木にすぎなかった。

だが今、
いささか価値ある僕であるとするならば
それは全く
年輪を重ねることをゆるして下さった
主の恩寵の故なのである。


松田明三郎(あけみろう) 作

2011年11月18日金曜日

2011年11月17日木曜日

求めるならば必ず与えられる





聖霊によって
導かれた
単純な祈りは、
キリスト自らが、

「わたしが開けた。

他の誰も
閉じることは
できない」と

宣言なさった扉を通って
天にのぼっていきます。

これらの祈りは、
キリストの完全という香りで、
より美しくかぐわしいものとなり、
父なる神にささげられるのです。

そして天の御座から、
祈りをささげた者のところに
その祈りの答えが戻ってきます。


(『教会への証』 第六巻467p)

祈り 159p

2011年11月16日水曜日

太陽のうた

[太陽のうた (1)]


いと高く、いと強き、主、わが神よ。
讃美も、さかえも、ほまれも、みな主のもの、
豊けき恵みも。

主にこそ、すべてはふさわしい。いと高き主。
だれひとり人は、口にする資格もない、
主のみ名を。

主こそほめたたえよ、すべての被造物とともに。
わけてもとくに、兄弟なる太陽とともに。
朝がくる、主こそは、まことの光のみなもと。
美しい太陽、燦然(さんぜん)とかがやくその光。
いと高きにいます主、太陽こそは主のしるし。

主をこそほめたたえよ、姉妹なる月、星のため。
大空に、月星をつくってくださったのは主、
きよらかで、いとおしく、とてもきれいに。

主をこそほめたたえよ、兄弟なる風のため、
空気のため、雲のため、
澄んだみ空、また、すべての季節のため。
季節こそは、被造物に
生活の支えとして与えられたもの。

主をこそほめたたえよ、姉妹なる水のため。
水は、とても役に立って、つつましく、
たいせつで、そして、きよらかだ。


[太陽のうた (2)]


主をこそほめたたえよ、兄弟なる火のため。
夜のやみを照らすため、与えてくださった火。
きれいで、陽気で、たのもしくて、強い。

主をこそほめたたえよ、姉妹で母なる大地のため。
われわれを支え、われらをはぐくみ、
いろんな果物を産みだしてくれる、
色とりどりの花や野の草も。

主こそほめたたえよ、主を愛すればこそ、
人をゆるす心を持った人たちのため、
苦しみや悩みを耐える人たちのため。
平和のために苦しめられる人々はさいわいだ、
いと高き主が、むくいてくださる。
主をこそほめたたえよ、姉妹なる死、
からだの死のために。
生きる人間はひとりも、死を逃れられぬ。
死に至る罪の中で死ぬ人々はわざわいだ。

死のとき、主のきよく聖なるみ心のままの
姿とされている人々は、さいわいだ。
第二の死も、その人々にはなんのおそれもない。

主をほめよ、主をたたえよ、主に感謝せよ。
心からへりくだって、主に仕えよ。


フランチェスコ

2011年11月15日火曜日

日々の食物と同じように祈りは不可欠




日々の祈りは、
恩恵の中に
成長するためにも、
霊的生命そのものの
ためにも必要です。

たびたび祈って、
自分の思いを
神にまで高める習慣を
つけなければなりません。

もし心が
さまよっていたら、
それを
呼び戻さねばなりません。

忍耐強く努力することによって
習慣がつけば、
それはついには容易になります。

一瞬たりともキリストから離れたら
安全ではありません。

キリストが自らお定めになった条件を守るとき、
キリストはわたしたちの歩みの
一歩一歩に共にいてくださいます。


(『青年への使命』 108、109p)

祈り 27p

2011年11月14日月曜日

キリストの恵みに満たされる




あなたの心が、
栄光に輝く神のことについての
思いで満たされるようにしなさい。

あなたの生活を、
イエスの生涯に
しっかりと結びつけなさい。

やみの中から光が照りいでよと
仰せになった神は、
イエス・キリストの顔に輝く神の栄光の知識を
明らかにするために、
あなたの心を照らしてくださる。

聖霊は、
神に関することを明らかに示し、
従順な者に生きた力を与えるのである。

キリストは、
あなたを無限の神の門口に導いてくださるのである。

あなたは、
幕のかなたの栄光を見ることができる。

そして、
いつも生きていて、
わたしたちのためにとりなしておられる方の十分な力を、
人びとにあらわすことができるのである。


キリストの実物教訓 129p

2011年11月13日日曜日

私は私しか生きられない一生を





私は
私しか生きられない一生を、
私らしく生きることが
一番たいせつなことなのです。

もちろん、
私らしく生きるために
他人という鏡が必要だし、
他人からいろいろ啓発されたり、
時には軽蔑されたりすることがありますけれども、
私は私なんだという、
その自覚を持って生きることがたいせつです。


*人間としてどう生きるか

2011年11月11日金曜日

2011年11月10日木曜日

大切なのはかける時間ではなく




What counts is not the number

of hours you put in,

but how much you put in the hours.



大切なのはかける時間ではなく、

その時間にどれだけかけるかだ。


Anonymous (作者不明)






2011年11月9日水曜日

愛、最も価値ある特質



キリストが
人の内に
最も高く評価なさる
特質は、
清い心からでてくる
愛である。

これが、
クリスチャンという
木になる実である。


Manuscript 16.1892年

2011年11月8日火曜日

たいせつなのは



人間にとって
たいせつなのは、
信念で
生きることであって、
してはいけないことは
どんな時にもしない。

一人であろうと
集団であろうと。

するべきことは
みんながしなくても
私はする。

そういう
信念なのだと言えます。


*人間としてどう生きるか

2011年11月7日月曜日

信仰の祈りに答えて助け主が送られる




どんな時にも、
どんな場所でも、
どんな悲しみにも、
どんな苦しみにも、
前途が暗く
将来が困難に見えて
無力と孤独を
感じる時にも、
信仰の祈りに答えて、
助け主が送られる。

この世のすべての友から離れるような
事情が起こるかもしれない。

しかし
どんな事情もどんな距離も
われわれを天の助け主から離れさせることはできない。

どこにいようとも、
どこへ行こうとも、
主はいつもわれわれの右にあって、
力づけ、助け、ささえ、励まされる。

(『各時代の希望』下巻154p)

祈り 103p

2011年11月6日日曜日

逆説の十ヵ条



1 人は不合理で、
わからず屋で、
わがままな存在だ。
それでもなお、
人を愛しなさい。

2 何か良いことをすれば、 
隠された利己的な動機があるはずだと
人に責められるだろう。
それでもなお、良いことをしなさい。

3 成功すれば、うその友だちと本物の敵を得ることになる。
それでもなお、成功しなさい。

4 今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
それでもなお、良いことをしなさい。

5 正直で率直なあり方はあなたを無防備にするだろう。
それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。

6 最大の考えをもった最も大きな男女は、
最小の心をもった最も小さな男女によって
撃ち落とされるかもしれない。
それでもなお、大きな考えをもちなさい。

7 人は弱者をひいきにはするが、
勝者の後にしかついていかない。
それでもなお、弱者のために戦いなさい。

8 何年もかけて築いたものが
一夜にして崩れ去るかもしれない。
それでもなお、築きあげなさい。

9 人が本当に助けを必要としていても、
実際に助けの手を差し伸べると
攻撃されるかもしれない。
それでもなお、人を助けなさい。

10 世界のために最善を尽くしても、
その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。


ケント・M・キース(大内 博:訳)

2011年11月4日金曜日

2011年11月3日木曜日

祝福の杯




キリストは、
我々のすべての
苦難の中で
慰めて下さる
案内人また
慰め主である。

彼が
我々に苦い杯を
お与えになる時、
彼はまた
祝福の杯をも
我々の手に持たせて下さる。

彼は、
心を委ねる気持ちと、
信じることから来る喜びと平安で満たして下さり、
主よ、私の思いではなく、
あなたのみ心がなされますように、と
心から服従して言うことができるようにして下さる。

Letter 65a. 1894年

2011年11月2日水曜日

たとえ期待通りに答えられなくても祈りは失われていない



信仰の祈りが
むなしく
失われて
しまうことは
決して
ありません。

しかし、
自分が期待して
いる方法で、
いつも
期待通りの答えが
与えられることを
要求するのは
僭越なことと
言わねばなりません。

(『教会への証』第一巻231p)

祈り 102、103p

2011年11月1日火曜日

祈りは神への強い信頼



「悩みの日に
わたしを呼べ」と
主は、
言っておられる
(詩編50:15)。

神は、
わたしたちが、
自分たちの
悩みと欠乏とを
神に申しあげ、
上からの助けの必要なことを
わたしたちが神に訴えることを、
神は勧めておられる。

また神は、
常に祈るようにお命じになる。

困難なことが起こった時にはすぐに、
熱心な祈りを心から神にささげなければならない。

わたしたちは、
しきりに願うことによって、
神に対するわたしたちの強い信頼をあらわす。

わたしたちのこうした必要感が、
熱心に神に祈りをささげさせ、
そして天の父は、
わたしたちの嘆願を聞いて心をお動かしになる。


(『キリストの実物教訓』 153p)

祈り 129p