2008年6月24日火曜日

真の悔い改めに導く悲しみ



ヤコブの手紙4:8、9
(マタイ5:4  Ⅱコリント7:10)

「苦しめ、悲しめ、泣け。
あなたがたの笑いを悲しみに、
喜びを憂いに変えよ」。

快活で、喜びに満ちているのは結構なことである。
真理によって清められ、心の快活さを養成するのは結構なことである。

しかし、愚かなしゃれや冗談、軽率さ、ふざけた言葉や
他人を批判したり非難することにふけるのは間違っている。

信仰を告白しても、
このような人々は欺かれているということが第三者には分かる。

人々は、このような信仰告白者の手が清められ、
彼らの心は清められる必要があるということを知っている。

彼らは真の罪の悔い改めを経験する必要がある。

彼らは何を悲しまなければならないか。

彼らは自らの罪への傾向を悲しむべきであり、
内面の堕落と外側の誘惑からくる危険性を悲しむべきである。

彼らは罪の恐ろしさについて非常に弱い認識しか持っておらず、
罪を構成しているものについては、
ほとんど知らないということを恐れるべきである。

                              Letter 13. 1893年

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