2011年6月12日日曜日

働く時は、わずかしか残っていない



われわれが
神のために働く時は、
わずかしか残っていない。

・・・・・

われわれは、
全的に主のために生き、
規律正しい生活と
敬虔な行状によって、
われわれが
イエスとともにあることと、
彼の柔和で謙遜な
弟子たちであることとを、
人々に示したいものである。

・・・・・

イエスが聖所を去られると、
聖であって義なる者は、
聖で義なるままである。

なぜなら、
そのとき彼らのすべての罪は消し去られて、
生ける神の印を押されているからである。

しかし、
不義で汚れた者たちは、
不義で汚れたままである。

なぜならば、そのとき、
彼らの犠牲、彼らの告白、彼らの祈りを、
父なる神のみ座の前にささげる祭司が
いないからである。

来たるべき怒りのあらしから
人々を救うためになすべきことは、
イエスが天の至聖所を去られる前に
しなければならない。


初代文集 114p

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