2011年3月21日月曜日

世の友情か、神の好意か



神の寵愛を受けた人々の中には、
責任のある立場にいながら、
冷淡で背信した状態のままで
満足している者たちがいる。

彼らの敬神深さは
誘惑が近づいてくると消えてしまう。

世俗の友情を得るために彼らは、
神の好意を失う危険をあえておかす。

主は、
銀を試すようにご自分の民を試しておられる。

心が全く神に屈服するか、
不服従と反逆にあってかたくなにされるまで、
テストは益々厳密なものとなるであろう。


      Signs of the Times 1881年 6月 2日

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